コンセプト

コンセプト

station~イランカラプテでは、「言葉の大切さ」・「繋がり方の大切さ」・「有償の大切さ」という3つの「大切さ」をコンセプト(理念)として掲げています。

言葉の大切さ

私は、自分のことを「臨床家」という言葉で表現することを好んでいます。

臨床の辞書的な意味とは…病人の床のそばに行くこと。

Oxford Languagesの定義より

 

臨床とは、人の心に寄り添う、つまり人の人生観、死生観に寄り添うことだと、私は考えています。
だからこそ、言葉が大切になります。それは言語でも、非言語(態度、雰囲気、ジェスチャー、遊びなどその他の表現)でも同じことだと思っています。私たちは、一言、一つの態度でその方の人生を左右してしまうかもしれないのです。これはとても恐ろしいことですし、私が言葉の大切さを大事にしていきたいと思う所以です。

 

私たちは、言語でも非言語であっても、“伝えること”と“受けとること”を意識して仕事をしていますね。
その「臨床家の言葉」は口伝でなければ受け継がれていかないものだと感じています。
自分が受け継いできた言葉、経験のなかで身につけてきた言葉を、対人援助職の仲間と共有できれば幸いです。

 

繋がりの大切さ

私たちの世界では、スーパービジョン、個人分析、研修会などさまざまな勉強の機会があります。

ただ、その中では、はっきりとした上下関係があるように感じます。

たとえば…スーパービジョンであれば

バイザーが上で、バイジーが下というようなある種の師弟関係の構造。自分達の経験年数が上がれば上がるほど、「こんな基礎みたいなこと今更聞いていいんだろうか?」「自分の勉強不足を指摘されてしまうんじゃないだろうか」という思いが強くなるように感じます。

 

「こんなこと聞いていいのかな?」「誰に教えてもらったらいいんだろう?」「そもそもどうやって聞けばいいことなんだろう?」感が生まれるのはなんだか別の問題のように思います。

経験年数だけで自分達の臨床感というのは、本当に優劣や上下がつくものなのでしょうか。

どうして、そういうものを取っ払った縦軸でも横軸でもない、第三の関係性として繋がりをつくれないのだろうかと非常に疑問です。

私は経験年数やライセンスに関係なく、お互いを1人の人間としてリスペクトし、話し合うことで何かが生まれると信じています。

上下関係がない、専門家同士の繋がりの大切さを感じてもらえるようなサービスの提供を目指します。

 

有償の大切さ

我々、対人援助職は常に誰かに気を使って、誰かの目を気にしている厄介な生き物です。

だからこそ、有償でのセルフケアの時間って大事だと強く感じています。

 

まずは自分達が有償で相談してみないことには、カウンセリングの良さや意味、価値って伝えにくいのでは?と思います。
有償の大切さは、自分のための時間枠が確保される、安心感が担保される、守秘義務が徹底される(職業上の倫理規定が適用される)といった良さがあります。あとは、お金を払うことでモチベーションがあがるかもしれません。

お互いの守りのためにもサービスを始める上で、有償の大切さをコンセプトとして掲げたいと思った次第です。

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